本社の改修に伴い、これまで受付とフリースペースがあった2階フロアが大きな変貌を遂げた。受付、会議スペースに加え、弊社がいろんな企業や組織、人たちと一緒に先端課題を追求し発表できる場「共創空間」に生まれ変わった。そして、この共創空間の2つの会議室に、左官の名匠・清水秀夫氏の手によって新たに土壁が造られた。

改修された新しい社に、なぜ土壁が必要だったのか――。そのあたりの理由を知りたいがために、施工をお願いした近畿壁材工業株式会社(兵庫県淡路市)から濵岡淳二代表取締役社長、そして同社から依頼を受けて手がけた清水氏のお二人をお呼びして、弊社社員で改修チームのメンバーである網野琢馬(設計室計画部)と豊田健心(同意匠設計部)とともに話を聞かせてもらった。(以下敬称略)
■土が創りだすもの
――今回の土壁ができるまでに、どういう経緯があったんでしょうか。
網野琢馬(以下・網野) 今回の大規模な改修では大きな壁面があるので、「類設計室らしい壁面ってなんだろうな」と考え始めたのがきっかけです。アートを飾るのか、壁自体をデザインするのか、いろいろな案が出つつ、弊社が設立50周年を迎えたとあって、「壁で歴史みたいなもの表わしたいな」という感じで方向性が固まっていったんです。
――壁を造るにも、たくさんの選択肢があったと思うのですが。

網野 自然素材を使うというコンセプトがまずあり、「それなら土壁かな?」と考え、さらにチームでいろいろと会話するうちに、「地層っぽいのができないかな?」との考えが浮かんできました。単なる自然素材を使うというだけではなく、土壁にはアート性があります。
濱岡淳二(以下・濱岡) 今回の話は壁から考えていただけた。それが壁屋としてはとても嬉しいです。壁が一枚のアートになって、それが主役になるんだなと。
豊田健心(以下・豊田) 主役にしたくなるエネルギーがすごいです。まさにアートですよね。実は土壁にしようと考えていた時、淡路島にある近畿壁材工業さんの土のミュージアムに改修チームで行かせてもらったんです。改修に携わった弊社のメンバーは、ミュージアムに行って、土のひび割れがデザインされた土壁などを見た時、びっくりしました。土壁がめちゃくちゃ進化していたという感を受けました。古いもの、それがまた最先端になっていくみたいな感覚もあるんだろうなって思います。若い世代は土壁を知らないわけですから。
網野 我々のような若い世代にすれば、土壁自体が“新しいもの”なので、すごく刺激になりました。今回のビル改修の全体コンセプトは「共創」なんですが、それを表現するために、弊社農園事業部の畑の土や藁(わら)を材料の一つとして、壁土に入れてもらいました。とても面白いものができたと思っています。

――完成したものを見たとき、どのように感じましたか。
網野 土壁を見たとき「ここまで表現できるんだ」と驚きました。色もそうです。土に着色しているわけでもないのに、きれいな色がついているんです。
濱岡 土については、彼(清水氏のこと)に聞いてみましょう。
――地土はどのような土を使っているんですか?
清水秀夫(以下・清水) 4層とも違う土を使っています。土の配合の違いだけじゃなくて、土自体が違います。
――土は淡路島のものですか?
清水 淡路の土がメインですね。大体4つの配合を造っているんです。その順番は自分が適当に色を見ながら。壁にも順番は書いてあるんですが、別に規則性があるわけでもないんです。出来上がったら意外とよかったですね。

濵岡 意外とかではなく、かなりよかった(笑)。
■土と光の共創
清水氏が造りあげた土壁はそのものに存在感があるが、そこに照明の光が当たると、さらに見とれてしまい、土壁の前でずっと足を止めていたくなる。
濱岡 光の表現に関しては、照明を早めに付けていただいたことが良かったです。清水もよく言うんですが、塗り壁と光ってすごく大事な関係なんです。
網野 照明と壁っていうのはやはり一緒に考えていくべきだ、ということを今回の仕事ですごく感じました。

濵岡 照明の当たり方とか、現場所長さんを含めて、万全の状態で準備していただいて。「この日じゃないといけない」という情報までいただいていた。「そこに合わせて」というのが良かったですね。
――通常の作業と今回は違ったというわけですね。
濵岡 左官って立場弱いので、「邪魔だな」とか言われたりも。今回は本当に配慮された環境でさせていただいたと、彼(清水氏)も言っていました。
――光に関して意図したところはありますか?
清水 層毎に段差をつけることで陰影を造りました。またそれも一律でなく、上の方は浅く、下の方は深くなるようにしています。
網野 上の方だけとっても、ほぼ段差のない所と段差のある所を造ることで、すごく自然で壁一面がアートのようになっていると思います。
■版築と塗り版築
――土を押し重ねて土台や壁を造る「版築(はんちく)」と呼ばれる伝統技法があるそうですね。今回の土壁は、その版築を左官の塗りで表現しようとする「塗り版築」というものであると聞きました。今回は最初から塗り版築で行こうと決まっていたんですか?

網野 今回いくつか壁のサンプルを造っていただいたんですが、最終的に「版築を塗りで表現する」という形に行き着きました。出来上がった壁を見ると、最初に思い描いていたものから、飛躍と深みを与えていただいたなという感じです。
――版築と塗り版築の違いとは?
濵岡 通常の「版築」と「塗り版築」って、大きな差があるんです。今まで「塗り版築」をたくさん見てきましたけど、なかなか肚落ちしないというか、「これだよな」というものに出会えなかった。今回、彼(清水氏)が挑戦して塗り版築の域を越えてくれました。今回の土壁は今後、我々の製品を代表する壁になるような気がします。
清水 褒めていただいて、ありがとうございます(笑)。
――こだわったところは、どんなところでしょう?
濵岡 何か砂利みたいな大きいものを入れたと思うんですが、あれは結構こだわりなのかも。(清水さんの方に向いて)あの辺に関しては?
清水 本物の版築壁をつくる際に層毎にジャンカができるんです。それを表現するために敢えて各層の下の方に大きめの砂利を埋め込んでいるんです。
濵岡 塗り版築って、下から上に塗っちゃうので、普通なら幅大きくなっちゃうんです。幅が狭い方が綺麗なんですけど。私が、巷(ちまた)で見る塗り版築は幅が広い。それが今回、キュッと絞っていて、10センチくらいの幅。とても綺麗。
網野 層が完全に水平だと人工的に見えてしまうので自然な雰囲気になるように、ゆるやかなカーブを依頼しました。その出来がすごく良くて、版築壁そのままでもなく、やりすぎでもない、絶妙なゆらぎを表現していただけたと思っています。
――「ゆらぎ」の感じはフリーハンドですか?
清水 はい。自分の感覚で「大体こんな感じかな」ってやっています。最初にシャッ、シャッ、シャッてやるんですけど、ちょっと一度、離れて見て、もう1回って、いうふうにですね。
豊田 離れて見ながら造っておられましたが、あれだけ長い壁っていうのはあまりないんですか?
清水 確かに長いですね。通常は半分くらいですね。
■名匠のもとで学ぶ
豊田 ちなみに清水さんはどのようにして土壁の職人になったんですか?
清水 久住有生さんというすごい左官職人さんがいて、その方に学びました。
濵岡 この久住のお父さん、久住章さんがまたすごいんです。お父さんとは我々近畿壁材の先代も一緒にやっていました。先代がまだ若い頃から章さんと材料屋との関係で、章さんが淡路島の方だったんで、全国ずっと一緒に行脚していました。
清水 お父さんの仕事を見て世界観が変わりました。全然違うんです。180度違う。考え方が全然変わりました。それまでは左官はただ単に仕事としてやった。それが面白いと思えるようになったんです。
豊田 久住さんのお父さんがきっかけだったんですね。実は今回、お願いするきっかけになったのも、久住さん、清水さんで手掛けられた、竹中大工道具博物館の土壁を見たからなんです。これしかないと思いました。
濵岡 久住章さんは左官の世界を広げた、日本の左官業界のパイオニア。全て彼から始まっているんです。久住さんがやったことで、真似じゃないですけど、皆がその仕事を見て「俺でもできるかも」みたいに広がったんです。久住章さんが左官をアートまで高めた方だと思います。

■土壁の可能性
網野 今、私たちは自然素材に注目していて、土壁は接着剤を使わずに、土と砂と藁(ワラ)すさに水を混ぜて固めるだけ、という100%自然素材というのも魅力でした。
濵岡 建材には必ず必要な安全データ、シールとかああいうものが実は残念ながら「土」には存在しないんですよね。「化学物資ではないから、逆に不安」と言われてしまうんです。安全過ぎて自然素材過ぎてデータがない。我々は自然素材過ぎるものを売っているんです。データの取りようのないものって、そこをどう表現するか、という課題があります。
網野 わたしたちが指標にしているのはVOC(揮発性物質)による判断です。
濵岡 VOCの発生量それに関しては問題ないかと思いますけど、結構シックハウスの問題が出たときに、散々、我が社も調べました。あとは付加価値として土壁は呼吸する。この辺が出せるとやっぱり強そうだな、って感じを受けます。

豊田 今回土壁を知って、次、何かの時にまず土壁を提案したいなとすごく思いました。塗っているところとか造っているところを見ることで「こういうのもできるかな」という、イメージが広がりやすくなりました。
――清水さんにお聞きします。お弟子さんの仕事を見ていたんですが、板の上で水をちょっと土に入れて、練っていました。すごく繊細な水加減をその時にしていたように見えました。
清水 多分、俺が「硬いな」「柔らかいな」とうるさいからかな。すごく練った時にちょっとの水を足してもう一回練り直していたのかな。

――その硬さっていうのは計量化できないものなんですか? その日によって違う、そこの場所によって違う?
清水 はい。壁の大きさによっても硬さは違うんです。気温でもまた違う。
――その気温というのは、乾くまでの気温も含めてっていうことですか?
清水 そうですね。
豊田 お弟子さんとのやりとりで教えたりもするんですか?
清水 最初は教えて、基本、自分で練習せんとだめですね。一回俺が塗っているのを後ろで見て。見て覚えろという感じです。最初の方は、コテの動かし方を教えますけど。
――どのくらいの練習が必要なんでしょう?
清水 毎日だよね。ただ、毎日練習するやつもおれば、全然練習しないやつもいますからね。塗る厚みが薄かったら、結構やりやすいですが。厚くなると難しくて。5年左官をして、師匠のもとに入って1年目で普通に塗ろうと思えば塗れるけど。
――設計室自体設計に訪れるいろんな方が今後この土壁を見てくださいます。設計の人たちはもちろん、設計関係のメーカーさんなど大勢いらっしゃるので、業界の人たちに見ていただけます。
網野 そうやって広がっていくっていうのは、やはり嬉しいですね。僕たちも知らなかったところから始めたんで、実際に使ってみて「土壁、いいですよ」って伝えられる立場になりました。
今回のように土壁も主役としてアートとして取り入れたいという場合もあるでしょうし、自然素材として、こども園とか教育施設とかで簡単に使えるというふうになるといい。今後、コストや耐久性とか人に優しい、そういうところもちょっと深めていきたいなと思っています。今回、本当にありがとうございました。