追求課題類設計室 農業と学びの共創拠点 農業と学びの
共創拠点
農業×教育×設計で地域に活力を生み出す。

農園事業25周年を迎える2025年、奈良県宇陀市に類設計室が営む新たな施設が誕生する。オフィス、生産施設、流通施設、宿泊施設を複合した「農業と学びの共創拠点」だ。延床面積2200㎡の建物内には、農園事業部で使用する出荷場や作業所、オフィスに加えて、小中高生の団体利用を受け入れる宿泊施設を併設する。農と教育の共創によって、農業体験や地域の歴史体験といった学びの機会を提供する狙いだ。地域内外から多くの人を集めることで、地域の活性化、さらには農業の担い手づくりなども視野に入れる。類設計室の農園事業部、教育事業部、設計事業部が一体となって取り組む本プロジェクトの現在地とこれからの展望を取材した。

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物件情報

農業と学びの共創拠点

所在地
奈良県宇陀市榛原
竣工
2026年3月予定
(2025年11月一部プレオープン)
延床面積
2200㎡
階数
地上1階(一部2階)
構造
木造(一部RC造)

つくる過程も、つくった後も、この施設は最高の「教材」になる。

近鉄大阪線「榛原駅」からほど近く、10.8haの圃場に有機野菜や有機米を育てる奈良農園。自社農園の野菜だけでなく、近隣地域で収穫される有機野菜を大阪の直売所に出荷する流通拠点としても重要な役割を担っているのが大きな特色だ。現在100名を超える生産者と契約を結び、生産者同士のつながりも生まれている。生産機能、流通機能、さらにはコミュニティとしての機能も併せ持つ当施設のリニューアルにあたって、類設計室が着目したのは、多岐にわたる農と教育の可能性だった。

小林: 奈良農場には日頃から地域の生産者さんが集まり、生産者さんとのコミュニティができている。民間が運営する施設としては、かなり珍しい例だと思います。これほど地域との結びつきが強いのは、農園事業部のメンバーがこの地に根ざして活動を続けてきたからこそ。施設の建替えにあたって、農園事業部がこれまで培ってきたものを土台にしながら、類設計室として新しい事業を創出したいというのが当初の狙いとしてありました。

三上: 今の類農園があるのは、地域の皆さまのおかげだと思っています。25年ほど前、縁もゆかりもなかったこの地域に初めて農場をつくった当初は、民間が農業に参入するケースがほとんどなく、「設計事務所がなぜ?」といった疑問の声も多かったと聞いています。今では多くの生産者の方とのつながりが生まれ、お互いに協力する体制が生まれています。教育事業部が運営する「自然学舎」と連携して、生徒の受け入れを行うこともあるんですが、地元農家の皆さんも、子どもたちの来訪を喜んでくれていますね。

小林: 「この施設が最高の教材になる」。これは阿部(社長)の言葉ですが、農そのものが学びになるだけでなく、この建物自体をつくる過程も、つくった後も「教材」にできればと思っています。弊社が展開する「こども建築塾」でも施工体験を予定しています。日々利用されている生産拠点・流通拠点を、このような多彩な用途として活用できるようにすることで農と教育の共創をこれまで以上に加速していきたいと考えています。

新しい試みがいくつもはじまる。類設計室にとっての、はじまりの地。

当施設は、作業所と出荷場、オフィスと広間、宿泊施設に分かれ、用途の異なる各建物を土間仕上げの通り庭でつなぐ。共創拠点の象徴として設ける120㎡の広間は、兵庫県姫路市の大都流宮大工、西嶋工務店の協力を仰ぎ、宮大工の技術を活かした空間整備を行う。「類農園はじまるテラス」というコンセプトに込められたのは、新しい試みがいくつも「はじまる」場所にしたいという願いだ。ハード面においても平家造りや伝統建築といった新境地に挑む。

小林: これまでも農と教育の共創はいくつもありましたが、小中高生の団体利用を受け入れる宿泊事業をこの規模で展開するのは類設計室にとっても新しい挑戦です。新しい試みがはじまる場所にふさわしい施設にしたいという思いは強くありました。宇陀という場所も歴史を辿ると、古事記や日本書紀にその名前が記されていて、日本のはじまりの地ともされているエリア。この施設の特徴や宇陀の歴史からコンセプトを「はじまるテラス」にしました。ここから皆さんとともに新しい事をはじめていきたいという意志が込められています。

出田: 共創空間となる広間は、施工だけでなく設計のところから、西嶋棟梁にお力添えをいただきました。奈良の地域に古くからある日本建築は、左右対称という特色があるため、正面から左右対称に見えるように配置や建物ボリュームを検討しました。また、奥行き感を出すために手前と奥で屋根の勾配寸法を少しずつ変えていく手法などがありますが、そういった昔ながらの設計技術は大変勉強になりました。

小林: 伝統建築は、現在の法律体系に則ると実現が難しいところも多々あります。例えば防火のルールひとつとっても、昔と今とでは全く異なります。他の建物との一体感は守りつつ防火上、別棟として隔離距離の確保や防火区画を設ける必要があり、配置計画は何度も見直しを行いました。

出田: お打ち合わせの中で西嶋棟梁がおっしゃった言葉がとても印象的で。「この広間にお客さんをお呼びして、おにぎりを食べるんです。それが一番美味しいおもてなしですよ」と。訪れる人からこの建物がどう見えるか。どういう情景を描きたいか。伝統建築も現代建築も、設計する上で大切にすべきことは同じなのだというのは大きな気づきでした。

自社で所有する山から、自分たちで木を切り出し、自分たちで建物をつくる。

当施設を建設するにあたって、類設計室は自社で所有する宇陀市内の山の木を伐採し、資材として活用している。切り出した杉の木は、およそ400本。これらはメインとなるオフィスや宿泊施設の構造材や仕上げ材、家具の一部に使用される予定だ。自社の山から木材を調達する「地産地消」や、地元林業家の方との協業といった初の試みを実現するにあたって、現場で活躍したのが、伐採に関わった農園事業部の西谷だった。

西谷: 今回ご協力をいただいたのは、地元宇陀で長年林業を営んでいる森庄銘木産業株式会社の森本さん。林業で宇陀の地域をもっと良くしたいという志があり、類設計室と近い感覚を持っている。ならば、ご協力いただけるのでは?というところで、こちらからアプローチをして実現しました。

小林: もともとは、所有している山がせっかくあるのだから、山の木を使おうという発想から。今回400本もの木を切り出すときに現場に入って大活躍してくれたのが西谷さんです。西谷さんは、もともと林業に興味があって、木を切ったことがあったんですよね。

西谷: 学生時代にも木を伐採したことはあったのですが、ここまで本格的なものは初めての経験でした。森庄の皆さんのご協力がなければ、実現できなかったと思います。自分たちで切った木が、自分たちの建物になっていく。こんな経験ができるのも類設計室ならではだと思いますね。

小林: 自社で山を所有している設計事務所というのが、そもそも稀でしょうから(笑)。普段の仕事ではチャレンジできないことにチャレンジできたのも、自社事業だからだと思います。自分たちの山の木を活用できて、林業の衰退に少しでも貢献ができるのなら、こんなに嬉しいことはないですね。

農業×教育×設計全員が共創の「当事者」となる。

類設計室ではこれまでも「自然学舎」において、稲作や畑作の体験や、漁業体験などのできる宿泊合宿を企画・運営してきた。だが、小中高生の団体利用を目的とした宿泊事業を立ち上げるのは、教育事業部にとっても大きな挑戦となる。今後、宿泊型の教育旅行や中期滞在型の農業カリキュラムなどの学びの機会を提供していくにあたって、当施設は重要な拠点となると、教育事業部の酒井は語る。

酒井: 宿泊合宿自体は、以前から福井や三重で実施はしてきました。これまで企画してきたのは、漁家や農家などの民宿先で民泊をしながら体験取材活動を行うようなもの。例えば漁業のプロや、農業のプロに出会い、その仕事ぶりを学ぶことで、「この人たちにまた会いたい!」とリピートしてくれる子どもたちがたくさんいます。産地で行う宿泊型の教育プログラムは非常に需要がある。一方で泊まる場所が、毎回課題となっていました。拠点となる宿泊施設があれば、もっと多くの子どもたちに機会を提供できるはず。以前からそう思っていたので、今回実現できることにワクワクしています。また、宿泊施設については設計事業部に要望を伝えながら一緒につくっていったのですが、自分が口にしたことが建築に組み込まれていくプロセスを見ることができて嬉しかったですね。

出田: 酒井さんの経験値をもとに、安全面や運用面を考慮することができ、設計としても非常に心強かったです。私たち設計の人間も、教育事業部や農園事業部の他事業部の皆さんと一緒に仕事をするということが新鮮でした。全社経営会議などで各事業部の動きはもちろん掴んではいたけれど、実際に現場の皆さんがどんな想いを持っているのか。リアルな声に触れて刺激をたくさんもらいました。

小林: 普段の設計の仕事では、お客様に同化して、働き方や組織のあり方といったところにまで踏み込んで提案をしていくけれど、どこまでいっても本当の意味での当事者にはなれない。今回は、運営者と設計者が同じ会社なので、我々が当事者として新事業も施設の建替えも、自ら与件を考えて自ら設計をしていく。それが難しいところでもあり、面白いところですね。

宇陀に根ざし、宇陀を盛り上げる。目指すは、真の地方創生。

2025年11月のプレオープンに向けて、計画も大詰めを迎える今。ここ奈良農園が新たに生まれ変わり、「農業と学びの共創拠点」となっていったその先に、どんな未来を思い描くのか。最後に、プロジェクトメンバーそれぞれの想いを聞いた。

西谷: 地元の農家の皆さんとのつながりを活かして、いろんな新しいことに挑戦してみたいですね。地域の皆さんが気軽に訪れることができる、開けた場所になったらいいなと思っています。

出田: 地元の生産者さんが集まる場所であり、次世代を担う子どもが集まる場所でもある。本当に幅広い世代の人が集まる拠点になるので、様々な共創の可能性があると思います。

三上: 農家さんと一緒に、この地域をより魅力的にしていくような、そんな活動ができたらいいですね。農や食、教育といった、子どもから大人までみんなで共有できて、つながることのできるものが、この施設には詰まっている。人と人とのつながりから、今この時代にあった形の農業を展開していくことができたらと思っています。

酒井: 子どもたちの能力育成において、私が可能性を強く感じているのが農業です。自然の外圧を常に観察して、手も足も頭と全身を動かす。それは教室の中では培うことのできない力。だからこそ、農業と教育の掛け算で様々な学びの機会をこれからも創っていきたいと思います。

小林: この施設をつくることで、宇陀の地域活性に貢献していきたいですね。もちろん私たちの施設だけですべて実現できるわけではないけれど、この地域に関わる関係人口が増えて、この地域全体が元気になっていく。その起点となる拠点にしたいと思っています。今、宇陀市や地域の法人と協働で農業の担い手や地域の担い手を育てる「担い手育成コンソーシアム」の構想も動いています。地方創生という言葉は、地方ではなくその外側にいる人がよく使いますが、我々はプレーヤーとしてこの地に拠点を構えているというところが最大の強み。プレーヤーとして、宇陀の地域に根差した活動をこれからも続けていく。そうすることで、地方創生のひとつのモデルをつくれたらいいなと思っています。

※本記事の内容は、2024年8月現在の内容になります。