福井県嶺南にある若狭町。ラムサール条約に登録された三方五湖をはじめ、豊富な水資源と山々に囲まれた自然ゆたかな地域です。中山間地で寒暖差が大きく、水稲栽培に適しているこの地も、少子高齢化による後継者不足で耕作放棄地が増加し、農業・農村の再生が急務とされてきました。農村再生のためには、人が欠かせない、でも、その人がいない。だったら県外から人を呼ぶしかないと考えていたところに、若狭町と類設計室が出会いました。
観光農園を構想していた若狭町に対して「一時的に交流人口を増やすだけでは根本的な課題解決にならない。20年後の未来を見据えて、農業の担い手であり、地域の担い手になる次の世代のリーダーを育成することが重要ではないか」と類設計室から提起。その仕組みとして「就農定住事業」を提案しました。
主な事業は「就農定住研修」の推進です。農業がしたくても農家との縁がない都市部の若者を若狭町で受け入れ、2年間の農業研修を実施します。その間、研修生らはコミュニティ施設(設計:類設計室)で共同生活をし、地域へ溶け込む生活を体験。卒業後の定住や独立も、若狭町とかみなか農楽舎でサポートする仕組みをつくりました。
かみなか農楽舎の特徴の一つが、事業の経営体制です。「若狭町、地元集落、類設計室」この三者が共同経営者として運営しています。建築設計事務所でありながら農園事業をグループ経営している背景もあり、若狭町のみなさまと「農業を核として次世代の担い手を育成し、集落を活性化していきたい」という想いが共鳴。1999年から構想をはじめ、今日まで事業構想、施設設計、経営・運営と幅広く携わってきました。
事業を始動するまでは、苦労も尽きませんでした。例えば、地域との協働。若狭町は古くから集落内の結びつきを大切にしており、集落ごとに自治機能を持つ「集落自治」を行っています。それゆえに、設立当初は集落の人から警戒・反対もされていました。当時は、まだ「地方創生」という言葉すらない時代でしたから当然のことです。しかし、こんな時に手を挙げてくれたのが地元のキーマンの方でした。彼が集落の方々と話し合い、地元住民の賛同を得てくれたのです。地域自治が根強く残る町だからこそ、地元のキーマンと協力することで、事業を前に進めることができました。
都市部の若者を移住させ、地域で生産者に育てること。これを実現するためには「行政・企業・地元」これらが一体となることで、はじめて実現できるのだと思います。
地域の基幹産業である農業の担い手は、地域の未来をつくる担い手です。この担い手を育むために、農業技術の習得に加え、生産者として自立していける経営能力や営業力を身につける研修プログラムを実施しています。また、町内で農楽舎の卒業生が経営する農業生産法人などへの出向研修もおこない、先輩たちの生きざまに触れてもらっています。さらに、お祭りや清掃活動、景観整備など集落の自治活動にも積極的に参加してもらいます。
これらのプログラムは、農業そして地域の生々しいリアルを知り、理想と現実の差を埋めていくこと。そして、どんな農業をしたいか、どんな生き方をしたいかをじっくりと考える二年間にして欲しいという想いからつくりあげたものです。
前職はWEB デザイナー。毎日朝から晩まで働くうちに、次第に「何のために働いているのだろう」と感じるように。そんな時に出会ったのがかみなか農楽舎でした。土を耕し、食物を育てる。生産活動そのものが、食べることや生きることに直結しているという事実はとても魅力的でした。「あの時、勇気を出して来てよかった」と心から思います。
このような成果をあげることができたのは、行政、企業、地元が一体となって、人を受け入れる体制がつくれたからです。現在も80以上の集落がある若狭町では、古くから集落内の結びつきを大切にしてきました。そこに企業のノウハウをつなげ、行政がそれらをサポートする、そのような好循環を生み出す体制が成功の秘訣だと考えています。そして、今や地域に根付いた卒業生がいないと、集落自治の活動が立ち行かないくらいになりました。
2001年の設立以来、年間2~3名のペースで研修生を受入れ、2024年現在の卒業生は53名。そのうち28名(25世帯)が農業生産者として若狭町に定住し、その家族も含めると84名の新たな地域の担い手を輩出しました。
また、その活動に対して、「オーライ!ニッポン大賞」「グリーンツーリズム大賞」「ディスカバー農山漁村の宝」「全国優良経営体表彰」の各賞などを受賞することができました。
地方創生という言葉もなかった25年前に全国にさきがけて実現した地域活性化の成功事例のひとつとして、各方面から評価されています。
今の時代、財政改革ばかりを謳っている行政が多い中、地域にとって欠かせないのは、お金よりも「人」。人づくりは時間も労力もかかりますが、だからこそ、頑張ったらそれだけ明るい未来が拓かれる。
そのような想いで、是非他の地域でも展開していきたいと考えています。
まえがみ・えいじ
大阪設計室 執行役員/営業統括部長
1985年京都大学工学部建築学科卒業、同年類設計室入社
1985年京都大学工学部建築学科卒業、同年類設計室入社
事業構想、設計業務、施設運用に関することなどお気軽にお問い合わせください。
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