地域と一体化する空間・環境技術の検証と実測

荒川区立尾久図書館

2020年

東京都荒川区

計画の背景
出会いと交流の場づくり
自然環境を採り込む
開放性を高める混合構造

計画

計画の背景

公園の中の図書館

尾久図書館は、別の敷地にあった旧図書館の老朽化をきっかけとして都市公園（宮前公園）の中に計画されました。この宮前公園は、高架下の土地を有効活用した公園で、隅田川から続く細長いかたちをしており、木造住宅密集地域の防火帯としても位置づけられています。宮前公園には、広場、テニスコート、ローズガーデンがあり、さらに、新機能として、保育園や今回私たちが設計した図書館も加わりました。

　荒川区は、2018年に「読書を愛するまち・あらかわ」宣言を行い、区として「本が身近にあるまちづくり」に力を入れており、図書館はその中核になります。以前、「ゆいの森あらかわ（中央図書館）」（2017年開館）が話題となったことに続き、荒川区は新たな地域図書館のモデルづくりとしても尾久図書館の計画に注力しました。

隅田川から都電荒川線までのエリアマップ

意匠

出会いと交流の場づくり

本のみちとひろば

類設計室は、出会いと交流による人のつながりが地域に活力を与えると考えています。その場づくりを地域図書館で実現することを目指し、公園と図書館を一体化させ、主動線と滞留空間を緩やかにつないで回遊性を生み出すことを設計コンセプトの根幹としました。

　その核としたのが「本のみち」です。本のみちは、南北に長い公園の南側に位置する図書館から始まり、長い公園の園路を抜け、その先にある隅田川のスーパー堤防に続きます。まちと公園に続く散歩道を図書館の中央に貫通させることで、緩やかにつなぐ回遊性を実現しました。

　主動線となる本のみちに沿って配置した滞留空間が約10m四方のキューブ空間の「ひろば」です。ひろばには、各世代やジャンルを意識した本を置き、親しまれる居場所になるようにしています。1階を子どもフロア、2階を大人フロアとしてゾーニングした上で、性格の違う12個（2階に5個、1階に7個）のひろばを配置しました。世代やジャンルが異なる「ひろば」を、「本のみち」と開放的につなげることで、を超えた出会いや交流を生み出す、「散歩型の図書館」として計画しました。

散歩を誘発するために、様々な仕掛けをしています。本のみちには、書架やベンチ（ブックキューブ）が設置しており、滞留性も孕んだにぎやかな通りとしながらも、緩やかに湾曲せることで最後まで見通すことは出来ません。また、ひろばとしてのキューブは、本のみち側とその逆の公園の両方に開けているため全方位に視線は通りますが、それぞれのキューブの角度が振れていてどこかで視線は途切れてるようになっています。その結果、奥が気になる空間が生まれ、散歩を誘発する仕組みとしています。

平面図（上）1F／（下）2F

世代やジャンルが異なる「ひろば」を、「本のみち」と開放的につなげることで、それぞれの世代が交流し、循環が生まれる。そうした回遊性を生む散歩型の図書館として計画された。移動にともなう、出会いや交流を生むねらいがある。本のみちは書架やベンチ（ブックキューブ）が設置されて滞留性も孕んだにぎやかな通りだ。先まで視線は通るが、緩やかに湾曲していて最後までは見通せない。ひろばとしてのキューブは本のみち側とその逆の公園側の両方に開けて全方位に視線が通るが、それぞれに角度が振れていてどこかで視線は途切れている。その結果、奥が気になる空間が生まれ、さらに散歩を誘発してゆく。

散歩型図書館のキーポイント（ダイアグラム）

上下をつなぐ道を拡張した多世代ステージ
手前のひろばの奥にひろばが見え隠れしている

周辺環境との調和

建物は周辺の住宅街になじませるために、高さを抑え、7つのキューブにボリュームを分節しています。また、外壁の仕上げも変えることで個性化し、別の建物が軒を連ねた印象を与えています。いくつかの外壁には、尾久の近代を象徴するレンガ産業を象徴したレンガ調タイルを使用し、地域の歴史性を外観に表しました。さらに、尾久の歴史を後世に伝えるため、かつての工場のレンガ塀の一部を移設･展示しています。

　公園との一体化をねらい、各キューブの1階は腰壁の上に横連窓、掃き出し窓、ガラス戸により開放的にすることで、屋外テラスを通じて公園とつながっています。

環境

自然環境を採り込む

風景は取り込み、西日は遮る

建物は公園に沿って南北に長く、しかも動線の都合上、公園東側に配置されているため、建物の顔を公園に向けると西向きになります。さらに、やっかいなのは夕刻に窓の正面から室内に深々と射し込む西日です。西日を遮りつつ、いかに西向きに開くかが環境計画上の課題となりました。まず、蔵書の多い2階は基本的に壁面で閉じました。外観を構成するキューブはフィボナッチ数列を参考にした曲線に沿って配置され、南北に対してある角度が振られています。そこで南西の面は閉じても、北西の面は開口部を設けられる可能性が出てきます。北西面は、極力開口部を設けた上で、西日遮光に有効な縦ルーバーを設置し、風景は取り込むが、西日を遮る方法を検討しました。直射日光が差し込む時間帯については、開口の位置とルーバーの深さやピッチのシミュレーションから絞り込んでいます。

　建物中央の「多世代ステージ」だけは全面にガラス壁が用いられました。そこで、（上部に本を置かない）書架を格子状の日除けルーバーとし、西日をコントロールすることにしました。

北西面
南西面

外壁の構成

斜光ルーバー

内部への自然光導入

2階はトップライトとハイサイドライトによって、内部へ自然光が導入されています。本のみちの上部にはトップライトを設置、ひろばのキューブは1つおきに屋根に傾斜をつけ、ハイサイドライトを設置し、ました。方角は北東向きで、一日を通じて柔らかい光を室内に採り込むことができます。開閉機構をもたせたことで、採光と同時に重力換気の排気口としても機能するよう配慮しました。

ハイサイドライト
トップライト

効率的な自然換

キューブの傾斜屋根の上を卓越風が抜けるとき、剥離風がハイサイドライトの排気口から室内空気を有効に屋外へ排出する気流を生じさせます。給気口は1階ひろばの開口部にあり、中央階段の吹き抜けを通って2階へ至る重力換気の気流が生まれることで、館内全域の自然換気を可能にしています。ハイサイドライトは気流の強弱に応じて適度に開閉する自然換気窓を採用しました。主に利用するのは中間期で、管理者が主体的に換気窓の排気・給気の操作を行うことができます。屋外の天候や気温に応じて、外気を取り込み、ときには遮り、室内環境を整えながら「使う」ことができ、環境的にも公園との一体化･連続性を叶える建物としてデザインしました。

身体に優しい放射冷暖房

図書館は、子どもから大人、お年寄りまで、あらゆる世代が長時間使う施設であるため、身体に優しく居心地の良い床放射型冷暖房を採用しました。冷温風を吹きだす空調は、気流が生じて身体に負担がかかりますが、床材から伝わる放射冷暖房は快適です。今回の計画では、機械空調で冷暖房した空気を床下に回し、床材そのものを冷やす／温めることで放射冷却／暖房するシステムを構築しました。吹出し口は、床下に回した開口部直下で、風が直接人に当たらないペリメーターゾーン前の書架裏に設置することで、より気流を感じさせない工夫を施し、開口部に生じる冬の冷気降下、夏の熱溜まりを解消することができます。

環境断面図

環境のシミュレーションと実測

この建物はキューブで分節されていますが、開放的で連続した複雑な空間となっているため、どの領域でも温度差なく快適な環境にすることが課題です。輻射空調が狙い通り効果を発揮できるか、相互の領域で音の干渉がないか（特に子どもエリアで許容している賑やかな声が、他のエリアに影響を及ぼさないかどうか）について、温度と音響のシミュレーションおよび実測を行いました。

　温度分布のシミュレーションでは、各領域で設計温度から1～3度程度の差に収まり、快適な温度環境であることが得られました。夏期、冬期の実測で、PMVは0.5～-0.5で快適性は良好です。さらに、床と室内の温度差は平均1.5度以内で、どの領域でも同じ温度帯を感じられる環境が実現されています（一般空調では場所によって2～3度の差が出ることが多い）。

　音響検査では、音源位置を最も賑やかな空間であると想定した1階わくわくひろばとしたときの他エリアの音量を実測しました。わくわくひろばで平均60dB（最大80dB）の音を発生させたとき、1階の他のエリアで平均40dB弱（最大60dB）、2階で平均20～30dB（最大40dB）程度に減衰しており、問題ないレベル（約40～45dB）に収まっていることが検証されました。

空調シミュレーションとその実測データ

音響実証と測定データ

構造

開放性を高める混合構造

SRC造とS造の補完関係

公園に対しての開放性を高めるために、S造とSRC造の混構造を選択しました。公園と反対の東側に位置している管理者ゾーンをSRC造とすることで、柱梁の剛性や粘り強さが高まり、そこに耐震壁を設けて建物全体の地震力を負担しています。敷地は固有周期が長いため、建物の固有周期が短くなるように耐震要素として、剛性の高いSRC造や耐震壁を選択しました。共振を防止するだけでなく、地震時の変形が抑制され、書架の転倒の防止にもつながります。管理者ゾーンを固め、公園側の利用者ゾーンをS造、216φの細径柱によるラーメンフレームとすることで、開放性を高めることができました。

　S造部の地震力をSRC造部に流すためにはスラブの剛性が重要になります。そこで、吹き抜けが多い屋根スラブの剛性を確保するために、吹き抜け周辺スラブとパラペットの下部にはBT鉄骨と補強PLを設け補強しています。

　S造部は構造体を積極的に見せており、「本のみち」では道なりに小梁を放射状に配置し、意匠として表現しています。「ひろば」部分の梁どうしの接合部分では、フランジにボルト接合を使わず、現場溶接を採用したり、中央キューブは100mm角の極細柱でフレームを構成するなどのデザインを施しています。

建築概要

用途: 図書館、飲食店
延床面積: 2,106.13㎡
階数: 地上2階
構造: 鉄骨造、一部鉄骨鉄筋コンクリート造

設計者

佐藤賢志

さとう・けんじ

東京設計室計画設計部部長

1963年山形県生まれ。1986年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。1987年類設計室入社。

1963年山形県生まれ。1986年武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。1987年類設計室入社。
山根教彦

やまねのりひこ

東京設計室企画部（現経営統括部経営企画課長・広報人材課長）

1989年大阪府生まれ。2013年東京大学大学院新領域創成科学研究科卒業。同年類設計室入社。

1989年大阪府生まれ。2013年東京大学大学院新領域創成科学研究科卒業。同年類設計室入社。
穴瀬博一

あなせ・ひろかず

東京設計室計画設計部主任

1989年大阪府生まれ。2014年関西大学大学院理工学研究科ソーシャルデザイン専攻建築学分野修了、同年類設計室入社。

1989年大阪府生まれ。2014年関西大学大学院理工学研究科ソーシャルデザイン専攻建築学分野修了、同年類設計室入社。
多田奨

ただ・すすむ

東京設計室意匠設計部主任

1973年広島県生まれ。1999年武蔵工業大学大学院工学研究科建築学専攻修了。同年類設計室入社。

1973年広島県生まれ。1999年武蔵工業大学大学院工学研究科建築学専攻修了。同年類設計室入社。
黒川慧

くろかわ・さとし

東京設計室構造設計部課長

1987年栃木県生まれ。2012年職業能力開発総合大学工学研究科建築・造形専攻修了、同年類設計室入社。

1987年栃木県生まれ。2012年職業能力開発総合大学工学研究科建築・造形専攻修了、同年類設計室入社。
望月宏洋

もちづきこうよう

東京設計室営業主任

1991年静岡県生まれ。2014年東海大学工学部建築学科卒業。同年類設計室入社。

1991年静岡県生まれ。2014年東海大学工学部建築学科卒業。同年類設計室入社。