共同体企業だからこその“組織創り・人材育成”~「学びとは本来、遊び。遊びこそ学びの本質」

2018.3.27

どんな人も、子供の頃は、仲間で遊び、そこから多くのものを学んで成長します。

(「学びとは本来、遊び。遊びこそ学びの本質」リンク

共同体経営を基盤とする類グループの組織創り・人材育成は、この「学びとは本来、遊び。遊びこそ学びの本質」を根底に、日々の活動を行っています☆

<日本の原風景“村落共同体”の子どもたちの成長とは>

例えば、技術追求を行う会(「設備のフィードバック会」リンク)等は、まさに「野山で遊びまわる村(村落共同体)の子どもたち」と同じ感覚です。

「誰かが新しい遊び(システムや技術)を見つける。それをみんなに伝えたい。伝えて一緒に遊びたい(実現させたい)。」

だから、楽しいし、ネタは尽きない!

若手のメンバーも分からないなりに必死についてくるし(小さい子はお兄さんの後を必死に追いかけてくる)、更なる追求をベテランは挑んでいきます。(新しい遊びはいつも年長者が発見してくる!)

また、日々の仕事・仲間との関係も、そんな子供たちの成長と同じです。

「遊ぶ中で役割ができる。小さい子の面倒はみんなで見るし(後輩指導はみんなの課題)、いたずら(サボリ)も、やんちゃ(やりすぎ)も、みんなが叱ってくれる。」

だから、必然的に仲が良いのです。

色々課題や問題はあるけれど、

後輩はみんな弟や妹だし、先輩は兄さん姉さん、ベテランは親・じじばば、同世代は旦那・女房。これが、心底からの肯定感・安心感です。

このように、共同体では、「子どもは遊びで学んでいく。」これを根底に成長していきます。

そして、のちに集団の中核になり組織を引っ張り守って、やがて年老い、皆を見守り最後まで役割を全うしていきます。

最近の仕事風景は、こんな村落共同体のようになっていると実感します。

<切り取られた空間「学校教育」の子育て>

一方、上手くいっていないとき・部署は、「技術取得をどうする?人材育成をどうする?」を、無意識に学校教育と同じ枠で思考していることが多いです。

「世代で理解度が違う・研修会が必要」というのは、「学年的思考やカリキュラム・教科・授業が必要」というのと同じです。

これでは、学校の強制教育・人工的集団の成り立ちと同じで、楽しくないし、そんな、強制的な空間での否定視(いじめの根っこ)が出て、“人間関係が上手くいかない”のも必然です。

明治以降長く続く学校支配により、多くの人が、こういった思考に封鎖されているのも事実です。

でも、子供のころに遊びで見つけたワクワク感はみんなの中に必ずあります。

それは、日本人本来の村落共同体の原風景で、みんなの中に必ず存在しています。

類グループは、「日本人本来の生き方=組織の有り方」を実践・追求し続け、日々みんなで楽しく仕事しています♪

大阪設計室 環境設備房 西田美和