【教育情報】何があっても生き抜く力。そのお手本は、江戸時代の日本人!

2020.8.26

大倒産・大失業の時代。

「何があっても生き抜いてゆく力」は、どうすれば身につけられるのか。

そのヒントでありお手本となるのが、「江戸時代の日本人」です!

教科書では語られない、驚くべき姿がそこにはありました。

 

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■ザビエルも困った日本人

日本の各地で布教していたザビエルに、日本人が決まって尋ねたことがあるそうです。それは「自分たちは洗礼を受けて救われたとしても、洗礼を受けずに死んでしまったご先祖様はどうなるのか?」ということ。それに対し、キリスト教では洗礼を受けてない人は全て地獄行きとなるため、ザビエルは素直にそう答えていたといいます。
すると「全能の神ならば、私たちのご先祖様ぐらい救ってくれてもいいではないか?」「もしも神様が天地万物を造ったというなら、神様が創った世界に悪があるのは変じゃないのか?」等、キリスト教の矛盾点を日本人が追求し出したというのです。
ザビエルは困り果て、「日本人は文化水準が高く、よほど立派な宣教師でないと日本の布教は苦労するであろう」と本国への手紙に書きました。同じく布教していた中国や韓国、インドシナにも、こうしたキリスト教の急所を突くような人間はいなかったそうです。


■世界最大の鉄砲輸出国

日本は1543年に鉄砲が種子島に伝来した、なんと翌年に鉄砲の大量生産に成功!その後、世界最大の鉄砲保有国となり、以後200年ぐらい世界有数の武器輸出国だったそうです。しかも、「銃を捨てた日本人(ノエル・ぺリン著)」によると、日本は独自の工夫により銃の性能を高め、質においても西欧の銃を大きく上回っていたと評価されました。つまり、鉄砲伝来後わずか数十年で、量・質とも西欧のそれを遙かに凌駕したのです。
このような技術力の高さが、大航海時代に日本が植民地化されなかった大きな理由の一つだと言われています。


高い文化水準

ペリーは、日本人の文化的な評価について、こう記しています。
「長崎のオランダ人やその他中国、東南アジア地域から得た彼らの情報と知識は、実物を見た事もないにかかわらず、鉄道、電信、銅版写真、大砲、汽船などに及び、またそれを当然のように語った。」
「当時の世界情勢においても、ヨーロッパ地域の戦争、アメリカの革命をも把握しており、ワシントンやナポレオンについても的確に語った。」
「自国についてばかりか、他国の地理や物質的進歩、当代の歴史についても何がしかの知識を持っており、我々も多くの質問を受けた。」
これらはすべて、日本の庶民たちの話です。


■日本固有の数学『和算』

自分が解いた「算額」を、額に書いて神仏に掲げる「数学絵馬」というものがあります。
たとえば、京都の八坂神社にあるものは、現代数学でいえば、70次方程式でなければ解けない問題です。
また、岩手県の竜泉寺に掲げられたものは、37桁という大きな数の26乗根を出せというもので、横2メートルもある額いっぱいに計算がされています。
寒川神社に奉納された絵馬には、当時の西洋数学より高いレベルのものが数多く存在します。発見されてから100年以上たって、フィールズ数学賞(数学のノーベル賞のようなもの)を受賞したものもありました。
額には、問題や答え・解き方とあわせて、先生と自分の名前が書かれていましたが、この算額の名前を見ると一般庶民と思われる素朴な名前が多くあります。江戸時代には実に多くの庶民が勉強し、しかもそれが高いレベルに達していた事がわかります。

 

■識字率世界一

江戸時代の日本が、庶民の就学率・識字率ともに世界一だったのは有名な話。
嘉永年間(1850年頃)の江戸の就学率は70~86%で、幕末期では、武士階級はほぼ100%が読み書きができたと考えられています。町人ら庶民層でも、男子で49~54%、女子では19~21%という推定値が出されていますが、日本橋、赤坂、本郷などの地域では、男子よりも女子の修学数の方が多かったという記録もあります。
対して、1837年当時のイギリスの大工業都市での就学率は、わずか20~25%でした。19世紀中頃、最盛期のヴィクトリア時代でさえ、ロンドンの下層階級の識字率は10%程度だったといいます。1794年に初等教育の授業料を無料としたフランスでも、10~16歳の就学率はわずか1.4%にすぎませんでした。
多くの外国人が、日本人の識字率の高さに驚嘆し、記録を残しています。

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江戸時代に比べて現在、情報や知識の得やすさは、大幅に向上しました。

また、学校をはじめとする塾や習い事などの学習環境は、圧倒的に整いました。

にもかかわらず、それに反比例するかのように、追求力がとことん低下してしまっているというこの事実。

文化水準や知能の高さは、情報や知識や教えた量ではなく、本人の意欲と追求心次第!!

この事実を、私たちは今一度しっかりと受け止め、人材育成どうする?子育てどうする?を考える必要があるのではないでしょうか。