どこまで次代を読めるか~アメリカ教育視察で見えた日本の勝ち筋とは?!~

2019.11.22

教育界は今まさに大転換期。国内だけでなく世界はどこに向おうとしているのか。

教育事業部である類塾はもちろん、数多くの教育施設を手掛ける類設計室でも、その読みが勝敗を決することは言うまでもありません。

教育先進エリアであるアメリカ西海岸の学校視察から見えてきたのは、日本とも共通する意識潮流と、日本だからこそ実現できる勝ち筋でした。

(出典:https://www.hightechhigh.org/)

 

日本と共通する事象。それは「試験や受験のための勉強」は終わりを告げつつあるということです。

アメリカの子ども達も点数をとるために、先生の授業をひたすら聞き覚えるような暗記脳・試験脳では意欲活力が出てきません。また、新たな価値創造という面でも使い物にならないという意識潮流が顕在化しています。

西海岸では、知識詰込みの教育からPBLへ全面的に転換する学校が増えてきています。環境問題、経済問題、政治問題、精神問題など人類的な課題に対し「なんで?どうする?」をみんなで議論し、新たな答えを追求する姿があり、、予想以上に本源的な雰囲気がありました。

 

新たな学びに取り組み子どもたちに質問すると、

「”自分のため”ではなく”社会のため”の方が、モチベーションが長く続く。」

「みんなで共有・共感しながら協働することで、課題も不安もみんなで解消できる。」

というような声も上がり、仲間の期待に応え感謝する様子も感じられて驚きでした。

(出典:https://www.hightechhigh.org/)

 

その一方で全く違うのは、何事も個人に立脚していることです。略奪の歴史により集団・民族意識が解体されたアメリカで生きるためには、自己の確率が強く求められます。PBLの目的も「自分のキャリア獲得に繋がるスキル上昇のため」という意識が根底にあります。

日本人は先のラグビー日本代表のようにワンチーム=集団力で闘う民族ですが、アメリカはそのような「集団に根差す」「集団の力を高める」という発想から物事は考えません。

この意識構造は日本と全く違うので、アメリカのPBLをそのまま日本に持ってきても借り物にしかならないでしょう。共同体が残存し本源性を色濃く残す日本だからこそ、アメリカでは実現し難い「集団に立脚した力の開放」が日本の勝ち筋であり、日本人だからこそ求められる思考と考えます。

自分のスキル、キャリアといった自分発で考えるのではなく、かといって集団にぶら下がり思考停止するのでもありません。

 

集団に根付き、集団と一体になって戦う力、追求する力を養うことで、日本は世界でも勝っていけると確信しています。