【子育て通信】「豊かさの実現」から失ったものを今の子供達に取り戻してあげたい

2019.9.4

類学舎生がイキイキと仕事をしている様子(リンク)を見聞きしていて、

「子供が『仕事をする』ことで、いかに活力が再生されているか」

を実感しています。

考えてみれば、高度成長期真っ只中のまだ貧しい時代であった1950年~60年代に幼少期を過ごした我々の世代(私は70代。類塾に入社して約25年経ちました!)にとっては、「子供が何らかの仕事をする」ことは当たり前でした。

ご飯を炊くのも薪を燃やして炊いていたし、お風呂も薪で燃やしていました。まだ上水道も十分でなく、お風呂は井戸水を組み上げていました。

掃除も洗濯も全てが手仕事で、自分のものは自分で洗う、自分の部屋は自分で掃除するのは当たり前。勿論、それだけではなく、休みの日には家族と家中の掃除をしていました。

子守りも子どもの仕事でした。自分の弟や妹だけでなく、近所の小さな子をおぶって遊んでいました。それは、面倒を見てもらっていた子が見る側になって…と連綿と続いてきたものです。

さらには、家計を支えるために朝早くから新聞配達をしている「新聞少年」や「新聞少女」もいました。

このように、生活の中には、様々な子どもの役割が存在していたものです。

それが無くなったのは、三種の神器に始まり家電がどんどん出来て、子どものお手伝いが必要なくなった頃。これまで子どもが手伝っていたことは、ボタンを押しだけでOKとなり、いつのまにか「子どもの仕事は勉強」になって子どもは現実から隔絶された世界(=学校)に閉じ込められることとなります。

更には、人々は都会へと向かい、核家族化が進み、家庭と職場が完全に切り離されたこともあり、「子供が仕事をする」ことはなくなりました。

つまり、豊かになったことで、子どもの役割はなくなってしまったのです。

類学舎で仕事に対して「やりがいを感じる!」「大変だけど、楽しい!」とイキイキしている子どもたち見ていると、いかに近代社会が子ども達にとっていびつな世界をもたらしたのかに気づかざるを得ません。

現代の子ども達が豊かさの実現と共に失ってしまったものを、何としてでも取り戻し、これからの時代に必要な力を育ててやらなければと思っています。