成長するかはいつだって心に「誰か」がいるか

2022.7.6

人はどんなときに成長すると、みなさんは思いますか??

 

新しいことにチャレンジしたとき?
難しいことを成し遂げたとき?
がむしゃらに努力したとき?

 

先日、教育事業部の5年目となる若手教室長が、社内ネットにこんな気づきを投稿してくれました。

 

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人が変わっていけるかどうか、成長していけるかどうかは、他人を対象化できたかどうか、その数=対象の広さだと思う。
類塾の授業ではよくこういうテーマを扱うが、ここ最近、人にハッキリ伝えられるくらい、だんだんと明瞭になってきた。

 

自身の壁を色々な人に相談し変わりたいと言う新人と話しているとき、
いつも明るくプラスの言葉で返してくれる教室コンサルと話しているとき、
いつも細かいことに気を配り、先の準備をしてくれるベテランMさんと接しているとき、
苦手に向き合いはじめ、誰よりも早く行動してくれる後輩を見たとき、

人を傷つけてしまった生徒とその保護者と話しているとき、
いつも幼児や自分より下の子を気にかけ行動してくれる“仕事塾”の生徒達と話しているとき、
そして今回の授業の題材『聞く力の鍛え方』で子ども達と素敵ポイントを皆で出し合っているとき…

 

あらゆる場面で共通している、伸びていく人・周囲から認められる人とそうでない人の違いは、思考の発端に他者がいるかいないか。

 

自分のためというのも中にはあるが、その中身も、元を辿ると必ず誰かの存在があって、応えたいという想いがある。「誰か」の存在が活力になる。
この「誰か」がいるかどうか。そこが分かれ目なのだと思う。

 

そうであるなら、人の成長土台は「遊び」からというのは頷ける。
この「誰か」になるか・なれるかどうかは、自身が主体的に動き関わった人達でしかないのであれば、その状態に自然になれる遊び空間は重要なものになる。
ただし「遊び空間」でなければできないわけではない。人の成長の段階に応じて授業でもどこでもできる。
大事なのはどこまで主体的に人と関わろうとしたか、会って話してきたか。

 

大人も子供も関係ない。大事なのは他者に心を向けてきたか、ただそこだけ。

 

なら誰よりも自分自身が他人に主体的に動きたいと思う。もっと踏み込んで知ろうとしたいと思う。
まだ「誰か」がいない人達の「誰か」になれるように。
他人に向けない人がいるなら、相手の正面に立ち続ける。それが「誰か」を知る・見るキッカケになるのだから。
そしてこれは自分にとっても、「誰か」が増えれば増えるだけ行動する理由になり、活力になる。

 

来週から企画も面談も夏の営業も盛り沢山だが、この気づきを第一に取り組んでいきたい。

 

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あなたの思考や行動の起点には、「誰か」がいますか?

人と真っ直ぐに向き合えていますか?

 

何か行き詰っているとしたら、もしかしたらそもそもの起点が違っているのかも?!
成長とは、目指すものではなく、人と向き合い続ける中で、”結果的に”遂げているもの。
成長の鍵は、自分ではなく他者の中にしかない!

 

そう視点を変えれば、今やるべきことが、見えてきますね!