株式会社 島津製作所
殿町事業所 所長付/博士(理学)
粉川 良平Ryohei Kokawa
健康・医療・福祉・環境といった世界が直面する課題解決に貢献するとともに、この分野でのグローバルビジネスを生み出す。日本の成長戦略の一翼を担うべく神奈川県・川崎市に誕生したのが、殿町国際戦略拠点キングスカイフロントだ。このオープンイノベーション特区の一角において、Shimadzu Tokyo Innovation Plazaはどのような価値を発揮しているのか。最先端の分析計測技術で医薬や環境、ライフサイエンス、新材料の分野に貢献してきた島津製作所が挑む「共創」について、島津製作所のプロジェクトメンバーと、当物件の設計を手がけた類設計室のメンバーに話を聞いた。
羽田空港の対岸に位置する約40haの敷地に、多くの研究機関が集まる殿町国際戦略拠点キングスカイフロント。空港から車で10分という好立地に、島津製作所の新たな研究開発拠点、Shimadzu Tokyo Innovation Plazaはある。このエリアに島津製作所が目をとめたのは2018年頃のこと。ちょうど技術拠点の移転計画を進めていた最中だった。
粉川:
鉄鋼の町として知られる川崎市が、まちづくりの一環としてライフサイエンス特区を新たにつくる。多くの研究機関が集まるが、分析計測のメーカーは他にはない。ぜひ来てほしいと、川崎市や近隣の研究所からもオファーをいただきました。当社としては、ヘルスケア、ライフサイエンスにこれまで以上に力を入れていきたい想いもあった。同分野のコラボレーション先がたくさんあるという意味でも、キングスカイフロントは魅力的でしたね。さらに、国際戦略拠点として、日本の成長戦略を担うという大志があり、根底には日本を発祥とする技術を育てたいという想いがある。その志にも共鳴するところがあり、ぜひ島津製作所もお役に立ちたいと思いました。さらに、ここに新拠点を構えることが我々にとっても勝機になると考えたのです。立地を生かして海外のお客様との接点を増やし、新規のお客様に数多くお越しいただく場、いわばショールームのようなラボにするという狙いは当初からありました。
齋藤:
普通のラボとは異なり、私たちはラボで使っていただく分析機器を商材として扱っている。そういった点でも、秘匿性の高い研究を行っている通常のラボとは性質が異なるのです。分析機器の使い方を極めていく社内のラボとしての機能と、ショールームとしての機能。どちらも併せ持つラボ型ショールームというもの自体が、国内でもあまり例がない。どうすれば効果的にお客様に、島津製作所の技術や装置を「魅せられる」か。そのあたりの仕組みを類設計室と一緒に考えていきました。
建物名にあるように、Shimadzu Tokyo Innovation Plazaはイノベーションを生み出す共創空間を目指している。イノベーションとは何か。共創とは何か。設計を進めるにあたって、何ヶ月にもわたって議論を交わした。最終的に、共創空間を「魅せるラボ」という形に翻訳することができたのも、長時間に及ぶ打ち合わせがあったからだとプロジェクトメンバーらは振り返る。
金子:
2019年頃、イノベーションと冠する場所が各地に次々できていた中で、島津製作所がやりたいイノベーションとは何か、何度も議論させていただきました。弊社都合で二転三転することもありましたが、類設計室には我々の意向を受け止めていただいて、しっかり伴走していただいて。よく見限られなかったなというのが正直なところです(笑)。
類・菊地:
私たちとしても、社員の皆さんがこの拠点にかける想いを感じていたので、なんとか応えたいという一心でした。途中、様々な方向からご意見をいただきましたけれど、それら全てがヒントになって、こうして「魅せるラボ」という形に翻訳することができた。議論を何度も重ねた期間は、必要な時間だったと思っています。
類・斎藤:
イノベーションと謳っていても、いざ出来上がった建築を見ると首を傾げることが多かった。これで本当にイノベーションが生まれるの?という疑問を、少しずつみんなが抱き始めた時期だったのではないかと思います。展示物があって展示コーナーがあって、さあどうぞ見てください、と言われても共創にはつながらない。やはりそういった意味でも、ラボ全体を見せるしかないと思いました。自分たちの技術を隠すのではなく、見せることこそが、オープンイノベーションにつながっていく。最終的にはラボだけでなくオフィスエリアもすべてガラス張りにして、開放的な空間にしていきました。
Shimadzu Tokyo Innovation Plazaは、1階から3階までフロアごとに、研究分野によって分けられたラボがある。3階にはオフィスエリアも併設され、4階の最上階にはセミナーや学会などの会場となるホールが完備されている。「魅せるラボ」というコンセプトを体現するのは、中央吹き抜けに位置する屋内階段とGlobe(球体)だ。館内全体を「魅せる」ためにラボを巡る動線を建物の中央に据え、その直上にGlobe(球体)を配置した。来訪者は屋内階段を上がりながら、すべてのラボを見渡すことができるつくりになっている。
類・斎藤:
屋内階段を中心に据えるというのは、構想段階ですでに考えていたことでした。最初にお持ちしたご提案の内容を島津製作所の皆さんに喜んでいただけて、ほとんどそのまま形になっていますね。
粉川:
屋内階段もそうですが、最初に球体のアイデアを見せていただいた時は、非常に面白いと思いました。吹き抜けの最上部に球体がありその中に小ホールを設置する。その球体が、地球のようにも見えるし、初代・島津源蔵が日本で初めて成功させた有人軽気球のようにも見える。そういったストーリーは後から紐づいていった部分もありますが、GlobeはShimadzu Tokyo Innovation Plazaを象徴するものになっていると思います。
類・菊地:
この拠点が羽田空港の近くにあり、島津製作所の技術を世界に発信すると同時に、世界中から人々を招く玄関口にもなる。そういった意味合いもGlobeには込められています。
類・斎藤:
ラボを「魅せる」上で、働く研究者の快適性も重視したポイントです。ラボの内部は直線のみで構成されていることがほとんど。研究でラボに長時間こもる間、ずっと直線的なものに囲まれていると緊張が解けないと思うんです。集中力を発揮できると同時に、リラックスできる空間を実現できないか。研究者の活動に目を向けて、ラボで重要な位置を占める実験台には曲線的なデザインを採用しました。
新たな交流が生まれ、共創が生まれていく。当初の狙い通り、Shimadzu Tokyo Innovation Plazaは、学会やセミナーなどでも数多く利用され、今では年間の来場者数は1万人を超える。さらに、キングスカイフロント内にある他の研究機関との共同研究なども始まり、企業間の共創も加速している。
齋藤:
ここに拠点を構えて物理的距離が近づいたことで、もともと島津がお付き合いのあったお客様とも、これまで以上にコラボしやすい環境になっているというのは間違いないですね。オープンなラボということもあって、来ていただいた方々も、我々もてなす側も、比較的オープンなマインドがまず出来上がっているというのも大きい。働く社員も、お客様寄りに、外向きにどんどん意識が変わっていく。さらに、この場所は空間の使い方が無数にある。そういった意味でも引き出しの多い拠点だと感じています。
金子:
ラボツアーで日々来客のご案内をしている身からしても、引き出しの多さは感じていますね。見学という一面だけを見ても、画一的なものではなく、お客様のご要望や属性に合わせて、ツアーの内容を組み替えていくといった柔軟な対応ができている。この拠点ができたことで、我々のマインドセットが大きく変わったと言えると思います。我々のつくる分析機器は、大学などの研究施設で使われるケースが多い。一番のお客様が大学教授なのですが、例えば海外の著名な教授が来日した時に、ちょっと時間が空いたからと立ち寄ってくれたり、といった形で自然なブランディングになっている。無形資産としての価値も感じています。
粉川:
ここはプロダクトのブランディングだけでなく、島津製作所のコーポレートブランディングにも、非常に寄与していると感じますね。島津製作所本社だけでなく、グループ会社全体、海外の販売会社も含めてこの場所を活用してもらうことで、グループ企業全体のブランディングに資する場になっていく。その可能性を多いに感じています。
コロナ過を挟み、開所を迎えるまで5年にも及んだプロジェクト期間中、類設計室は空間設計に加えて、関係各社との交渉を含むプロジェクトマネジメントにおいても支援を続けてきた。複数の工事が同時に並行し、各社の意見が平行線になることが幾度となくあった。そうした難所を切り抜けることができたのは、類設計室がいたからだと、島津製作所のメンバーは振り返る。
粉川:
簡単に言うと、A工事とC工事が相乗りした工事だったため、プロジェクト推進が非常に困難を極めました。入居するとはいえ島津製作所の意向のみで工事を動かすことができない。さらに我々は建築の素人なので、先方の言葉を受け止めることしかできなかった。そこに類設計室が我々と同じ机に座ってくれ、各社とのネゴシエーションが必要な際も、我々と一緒になって戦ってくれたということが非常にありがたかったですね。
齋藤:
類設計室じゃなかったら匙を投げたんじゃないか、という局面がたくさんあったと思います。そんな時ほど、僕ら以上に自分ごとに捉えてくれて、日々考え続けてくれた。この人たちとなら失敗してもいいとさえ思わせてくれたのは類設計室の皆さんだったからだと思っています。建物が建ったら終わり、という関係ではなく開所して1年以上経過した今も、類設計室の立ち位置は、私の中では全く変わっていないですね。開所後に、Shimadzu Tokyo Innovation Plazaに類設計室のお客様をご案内される機会も度々あり、類設計室のショールームのように使っていただいているのも嬉しいことです。
類・菊地:
こちらこそ、いつも快く見学を受け入れてくださり、ありがとうございます。「魅せるラボ」を、まさに体現されているのを、私たち自身も訪れる度に感じているところです。これから先も、この場所で多くの共創が生まれていくことを楽しみにしています。